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『岸に立つ』/田口晴貴


こんにちは。経済学部4年の田口晴貴です。
とうとう自分にも引退ブログを書く時が来ました。先輩方や更新されていく同期のブログを読み漁っていると、それぞれの色が出た佳作ばかりで、ハードルが上がる一方です。

4年間のサッカー人生を振り返ると、ただひとつの言葉に行き着きます。

「夢に振り回された4年間だった」

夢に近づくためにサッカーをしていたはずなのに、いつの間にか夢の方に自分が引っ張られていた。
最後だからこそ、その想いを赤裸々に綴りたいと思います。


『鳥』

これは部内での私のあだ名です。きっかけは今でも鮮明に覚えています。
1年生の頃、部倉の前で善方寿人の出身チームのエンブレムを見た田口和成が一言。

「このペリカンに似てね」

それを聞いた徳原輝一、谷口登爽らは、「鳥じゃん!」と騒ぐ。
その一声は、緊急地震速報のように、瞬く間に部内へ広まっていきました。
コーチ陣からも「鳥さん」と呼ばれ、鏡の前でふと自分の顔を見たとき、「…いや、似てるな」と小声でため息をついたのを覚えています。

そんなただの『鳥』だった自分が、気づけばずっと海を見ていました。
海の名前は”サッカー”で、そこで一番”大きな魚”を追いかけていました。


その海を初めて鮮明に見たのは、中学2年生のロンドン。
2018年、アーセナル対ストークシティの一戦。
ゴールが決まった瞬間、観客が巨大な波のように立ち上がり、スタジアム全体の熱に押されて身体がふっと浮くような感覚がありました。
戦術のことも、未来のことも、何も分かっていなかった。
ただ、「自分もここに立ちたい」。それだけが胸の中に確かに残った。
その瞬間から、プレミアリーグで活躍するという“大きな魚”に狙いを定め、それがサッカーをする理由になっていきました。


「夢に向かって真っ直ぐ」。

その言葉は、当時の自分にはあまりにも軽かった。

小学生から高校生まで、体力テストはずっと1位だった。
努力すれば結果がついてくるのではなく、努力しなくても結果が追いかけてきた。
だからプロになることも、特別な”挑戦”というより当然の延長線上にある未来だと思っていた。

いつの間にかサッカーは、「楽しむもの」でも「競うもの」でもなく、ただ“夢へ辿り着くための道具”になっていた。

そしてその歪んだ夢の追い方が、大学で一気に自分に跳ね返ってきました。


大学に入り、周りに圧倒されたわけではありません。
問題は、自分の中にありました。

完璧でなければ意味がない。
自分でも、変なプライドだと思っていた。

できない自分を見たくなくて、目標だけは立派に掲げる。
根拠のない自信に浸りながら、理想を眺めて満足していた。
そのくせ、努力が足りなかったことには、誰よりも自分が一番気づいていた。

練習で調子が悪い日が続くと、頭の中に突然現実的な声が浮かんできた。
「どうせ頑張っても、プレミアなんて無理だろ。」

その声が嫌で、怖くて、夢に手を伸ばすフリをして、そっと距離を置いた。
「努力しても届かない自分」に出会うのが、何より怖かった。

大学3年から4年に上がるとき、もしトップチームにいなかったら、部を辞めようと本気で決めていた。

夢を追っていたというより、夢の結末から逃げ続けていた。

理想が高かったんじゃない。
理想に怯えていた。

不思議なことに、サッカーから少し離れた瞬間の方がプレーの調子が良かった。
大切にしすぎていたものを、ふっと忘れたとき、体が軽くなる。

だけど、調子が良いとまた夢に近づきたくなる。
触れたくなる。
手を伸ばす。

すると今度は、急にサッカーが思うように動かなくなる。
夢がひゅっと遠ざかっていく感じがする。

ある練習試合のあと、ミーティングルームを出た瞬間、誰かが笑いながら言っているのが聞こえました。

「今日の鳥さんイラついてたな、まあ相手が上手かったからしょうがない」

振り返るわけもなく、自販機の前のベンチでポカリのラベルを黙って見つめていた。
「いや、違うんだよ…」と心の中だけで言い訳しながら。

夢を追っているつもりで、失敗が怖いだけの選手になっていた。

その窮屈さは、ピッチ外にも染み出し、仲間と笑う瞬間ですら、自分の価値を計ってしまう日々でした。

今思えば、自分はずっと、”夢を語るくせに、夢の重さに潰されやすい選手”だった。


それでも、小さな魚は掴んだつもりです。
トップ昇格。関東リーグのスタメン。韓国のプロチームとの試合でゴールも決めた。

ただ、不思議なことに、救ってくれていたのは結果ではありませんでした。

早朝練習後の「お前この前の合コンどうだった」みたいなくだらない会話。
バス移動で「今日はお前が決める気がする」と散々言われて期待だけされる時間。
温泉に行ってお互いの熱い思いを語る時間。

その時間だけ、自分はちゃんと呼吸できていた。

先日、おばあちゃんの家に行ったとき、たまたま高校生の試合が行われていました。
誰の声かも分からない「寄せろ!もう一個!」という叫びに、体が勝手に反応した。
これよく言われたな、と。

横断歩道の青信号が点滅しているのに足が前に出なくて、気づいたらフェンス越しにピッチを覗き込んでいた。

夢への執着は、感情ではなく反射なんだと気づきました。

逃げたくても、体が覚えている。


今、この文章をロンドンで書いています。
中学2年のとき、プレミアリーグの波に心を攫われた場所。
夢の始まりだった場所です。

ただ、昔ここに来たときと、今の景色は少し違って見える。
観客の歓声はあの頃と変わらないのに、
自分はスタジアムの内側ではなく、外側から眺めている。

悔しいわけでも、惨めなわけでもない。
胸の奥が、じわっと痛む。
その痛みが、まだ終わっていないことを教えてくれる。

本当はもう少し追いかけたかった。
もう少しだけ足掻きたかった。
その気持ちだけは、素直に認める。

夢を叶える方法を、サッカーは最後まで教えてくれなかった。
でも、夢との付き合い方だけは、サッカーから教わった。

夢は捨てるものじゃない。
抱えたまま、生きていく。

潮風が吹くたびに、胸の奥が少し痛む。

ここは終わりじゃない。
ただ、『岸に立った』だけだ。

この海で出会った人たちがいなければ、未練を抱えたまま笑う自分にはなれませんでした。
心から、ありがとう。

またどこかの海で。
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